常磐工場の業務報

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zoom RSS 「さよならの冬」を前に・前編

<<   作成日時 : 2012/11/18 00:09   >>

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昨年6月に行った久留里線。
今年3月の改正でタブレット扱いが廃止され、追うように
11月をもって国鉄形気動車も引退することが発表された。
残るチャンスはあと僅か。
朝の4両編成を撮るべく、早朝からの撮影に向かった。
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 <唯一無二の外吊りドア・キハ30 100(2012/11/02・久留里)>

【05:00 久留里】
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 <山間が明け方を迎える少し前に(久留里)>
 平日休みをとった金曜日、まだ夜が明ける前に自宅を出る。
 湾岸線→東関道→京葉道路→圏央道と経て2時間ほどで久留里へ到着。
 3月改正で上総亀山が無人化されたため
 亀山発2本目と3本目となる編成2本の夜間帯泊は久留里で行われている。

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 <眠りから覚めエンジンが轟く・キハ30 98ほか3両編成(久留里)>
 構内へ入ると、すでに1本は目覚めていた。
 基本組成にラッシュ終了まで1両を増結した3両編成。
 木更津行き初列車と列車交換し亀山まで回送される。
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 <上総亀山からやってきた始発列車、キハ38 4と列車交換(久留里)>

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 <まだ火の入っていないキハ30 100。夜明けを待つ。(久留里)>
 一方本屋を挟んでもう1本留置されているのは、前夜から運用されている4両編成。
 こちらは亀山から木更津の片道を終えると解結されてしまうので
 走行写真を撮るには自ずとチャンスが限られる。
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 <朝だけの4両編成、今日は30・37・38・37混成(久留里)>
 平日朝ラッシュ時のみ、という思い込みだったが
 よく考えてみたら、平日夜にも4両編成になるのだから
 土曜日の朝も4両編成になる、のか…。
 むしろ日曜日の夜も4両編成になるのね。撮るチャンスは難しいですが。

【06:20 久留里→平山】
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 <4両編成は上総亀山へ・キハ30 100(久留里→平山)>
 そろそろ空が明るくなってきたので、亀山までの回送を沿線で迎えることに。
 今回、キハ30は亀山方なので4両の先頭に出るのはこの片道のみ。
 もう少し明るくなって欲しいところだが、先頭の姿を撮れただけでも満足。
 ←上総亀山[キハ30 100]+キハ37 1003]+[キハ38 1002+キハ37 2]木更津→

【07:00 平山→久留里】
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 <山あいの中をゆく4両編成(平山→久留里)>
 当初の意図では開けた直線で編成写真を撮るつもりだったが
 山あいでもよかろうという気持ちになりココで。
 しかし陽の廻りがちょっと難しかった…。
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 <坂道を前に国鉄形気動車がエンジンを吹かす>
 通過していく姿を振り返ると、上がってきた朝陽が列車を照らしていた。
 平らな顔のキハ30にも、斜光を浴びて陰影がはっきりと出る。

【08:00 俵田→久留里】
 4両編成を追いかけようかと試したものの
 さすがに列車の方が脚が速かったので断念。
 代わりに久留里で撮った3両編成の戻りを、君津青葉高校近くの直線で撮影する。
 キハ38同士の背中合わせにキハ30をぶら下げてやってきた姿は
 16年前に撮った八高線時代を思い出す。
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 <あの日の君とここでもう一度…(俵田→久留里)> 
 [キハ38 1001+キハ38 2]+[キハ30 98]
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 <キハ30 98 2−4位方をみる>
 八高線からやってきたキハ30 98が入っていることも、気分を高揚させる。

 ほどなくして先ほどの3両編成と久留里で交換した列車がやってきた。
 すでに通勤時間帯は終わっており、2両編成が木更津へと向かう。
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 <2ドアと3ドアの凸凹ユニットがゆく>
 [キハ37 1002+キハ38 4]

【08:50 上総松丘→平山】
 亀山に向かっていった3両編成は
 このあと木更津へ戻りキハ30を解放する。
 キハ30 98を撮れるのはこれがラストチャンス。
 どうせ逆光で顔は暗くなってしまうので
 亀山方面へクルマを走らせ、らしい風景を探す。

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 <濃い緑の中で国鉄一般色が映える(上総松丘)>
 中学の3年間を充実させてくれた八高線、
 そのとき以来のキハ30 98を真正面から迎える。
 高崎のキハ30形は全て向きが揃えられており、第2エンドは八王子方を向いていた。
 あのときは順光で眺めていたあの顔が
 いま、ファインダーの中でどんどん大きくなってくる。
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 <キハ30 98 第2エンド(上総松丘→平山)>
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 キハ35形が好きなのは、まだ物心つく前の刷り込みみたいなもの。
 生まれた川越の街で眺めた国鉄川越線は、この趣味の元風景のひとつ。
 そこを行く車両といえば、言うまでもなくこのキハ35形だった。

 この出会いが初恋、とかそんな甘酸っぱい思い出じゃなくて
 「あなたのオムツ換えてあげたのよ、覚えてる?」なんて話してくる
 親戚のおばさんみたいな郷愁を感じる存在。
 昭和41年生まれの46歳、キハ30 98。

 できることなら、もう一度首都圏色で会いたかった。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
私もキハ30にはお世話になりました。相模線でしたが それぞれの思い出ありますね
ひろ
2012/11/25 16:36

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